気時計

スイスイとねぶる

練炭は堆く。

盗まれた。


開口一番、自然と喉が震えて息と一緒に周波数600程度が流れる。雛のような帰り道に足にヒノノニトンを載せて進む稲山の背中はだだっ広く荒凉としている。

責務に喘ぐ稲山の母の夢は、雲の吹き出しに今も写り込んでなかなか退かない。父親大陸は「なんだ、曇っている、秋の風物詩の運動会もこれでは見栄えが」などと責任者の声で満ち足りて、稲山の脳裏をちくちく溢血する。

なんだ、これじゃ会社と一緒じゃないか、莫迦か俺は。

アウやしろ、か、よく言ったもんだ、ツラ合わせたくもないのに俺はヤシロにまた赴くよ。

などと罵詈雑言がやがて吹き出しの中の「母雲」から雨天予報の約束が果たされる。父親大陸は「やったな、運動会ちゅーしだ」と夫婦喧嘩。また、稲山は妄想に精を出す。

喧嘩せんといてくれ、専務を思い出す。あいつのせいで、今、夫婦喧嘩だよ。頭ん中まで忙しないんだから、もう。思想・良心の自由は不可侵なんだろ。憲法守れよ、法律以下の分際で。以下、違うな、未満だ。

細かいことに無自覚に気を使うあたりに繊細な社会の伝染ウイルスの効能に驚かされる。もう飽きてしまうな。鍵はポッケから思いの外するんとまろぶ。

頭がガチガチ痛むので、一先ず寝る。ご飯さえ喉を通らない気がした。仕方ない。satelliteの関係もあるので、取り敢えず転がる湯に足を痺れさせる。明くる日の夕べが夢の舞台であると祈る。


これが、いけないことなのか。低反発ウレタンの雲はどこまでも稲山を沈めてしまいそうで、心の暗澹はますます盛り上がる。脳波の冷たさが餅を孕んで喚き立てる。うるせぇなあ、満足に眠れない。凍りそうだ。

あっという間に眠りにつけると思っていたのに、杞憂だった紛糾の頭に小人の山がひっそり笑っているせいで少しも毛玉に帰れない。

そのままじっとしているのがもどかしく、「いのちの粒の集合体」を貪らんと便利屋の光を目指した。めんこい床が足を押す。ありがたい、初めてフラストレーションの渦中から帰還した。

店の者はしとやかに口角をあげる。先ほどであればこの鋭角工場の若者も業務だろう、などと哀憐の微笑を以て不快を売っていたところを、彼はいま謙虚を人形と扱ったのだ。

まっしろけっけな姿に纏う黒い褌はさらりと丁寧に笑う。稲山はさっきまでのどん底を急に線対称と成したのだ。

塩っ辛いそれの顔を覗いた彼の眼球の芯はしわくちゃだった。口に含む。いのちはぼろぼろ崩れ去っていった。